指定難病『再生不良性貧血』を経験して

治療する側だった私が、患者になりました

私は長く、鍼灸師として患者さんの身体を診てきました。

どうすれば少しでも良くなるのか。
今、この身体には何が必要なのか。

患者さんの身体について考えることは、私にとって日常でした。

しかし2025年、私自身が指定難病である「再生不良性貧血」を発症し、大阪大学医学部附属病院(阪大病院)へ緊急入院することになりました。

それまで治療する側にいた私が、診察を受け、検査結果を待ち、説明を受け、治療を選び、自分の身体を医療者に委ねる側になりました。

この経験を、「自分も病気をしたから患者さんの気持ちが分かる」という話にはしたくありません。

同じ病気であっても、その人が置かれている状況も、感じることも違うからです。

ただ、自分自身が患者になったことで、それまで分かっているつもりで、十分には分かっていなかったことが見えてきました。

そして何より、

今できることが、次もできるとは限らない。

そのことを、自分自身の身体を通して知りました。

患者さんの身体を診ながら、自分の身体は後回しになっていました

鍼灸師になったばかりの頃は、治療の練習も兼ねて、自分自身にも定期的によく鍼をしていました。

ところが臨床を続けるうちに、自分への治療は次第に少なくなっていきました。

身体の調子がかなり悪いときや、「少し怪しいな」と感じたときには治療する。

鍼をすれば、そのときは身体が楽になる。

しかし、また悪くなれば治療する。

いつの間にか、自分の身体とはそんな付き合い方になっていました。

患者さんの身体については毎日考えている一方で、自分自身については、

悪くなったら治療すればいい。

どこかで、そう考えていたのだと思います。

もちろん、

「もっと自分に鍼をしていれば、再生不良性貧血にならなかった」

という意味ではありません。

そのような因果関係があるとは考えていません。

ただ、自分が病気になったことで、

身体は、本当に悪くなってから向き合えばよいものなのか。

という問いが、自分自身へ返ってくることになりました。

それまで、本格的に病院へかかることはほとんどありませんでした

鍼灸師になってから、医療機関で継続的な治療を必要とするような病気を経験することは、ほとんどありませんでした。

コロナ禍に風邪症状が出たとき、念のため病院を受診したことはありましたが、そのときは通常の風邪でした。

本格的に診察や検査を受けるという意味では、約20年ぶりでした。

それまでの日常的な体調不良は、自分で身体を診ながら、鍼灸や漢方で整えることが多くありました。

病院を避けていたわけではありません。

必要だと感じる状況が、それまでほとんどなかったのです。

しかし、今回だけは違いました。

今回は、いつもの体調不良とは違いました

最初は、体調不良でした。

これまでと同じように、自分で鍼をします。

治療後は身体が楽になる。

ところが、翌日にはまた悪くなっている。

それまでには、ほとんど経験したことのない反応でした。

さらに、少し歩いただけでも息が切れるようになります。

明らかに、いつもの身体とは違う。

「これは、ちょっとした体調不良ではない」

そう感じました。

鍼をした直後に楽になることだけを見ていてはいけない。

身体の反応そのものが、これまでとは違う。

そう判断して、近所の病院を受診しました。

血液検査の結果から、阪大病院へ

近所の病院では、X線検査や心電図などを受けました。

そこでは大きな問題は見つかりません。

ただ、同時に行った血液検査の結果が出たのは3日後のことでした。

赤血球、白血球、血小板のいずれにも異常がありました。

その結果を受け、大学病院を紹介されることになります。

その日は土曜日でした。

翌週の月曜日、阪大病院から私の携帯に電話が入っていました。

ところが、その電話には気づきませんでした。

翌日、再び阪大病院から電話がかかってきます。

「すぐに来てください」

その言葉を受けて、阪大病院へ向かいました。

このときはまだ、そのまま緊急入院になるとは思っていませんでした。

大阪大学医学部附属病院へ緊急入院

阪大病院へ着くと、まず血液検査が行われました。

採血は14本。

それまで見たことのない本数で、驚いたことを覚えています。

血液検査では、

  • ヘモグロビン(Hb)6.4
  • 白血球 2,500
  • 血小板 9,000

という状態でした。

その後、輸血を受け、そのまま緊急入院となります。

翌日には骨髄検査。

この段階では、骨髄移植も治療の選択肢として視野に入っていました。

さらにその翌日には、免疫抑制療法が始まります。

ATG(抗胸腺細胞グロブリン)やシクロスポリンなどを用いた治療です。

そして、その次の日。

検査結果を踏まえ、再生不良性貧血の可能性が最も高いこと、病状については5段階の重症度のうち上から2番目にあたる状態だと説明を受けました。

再生不良性貧血は、骨髄で血液をつくる働きが低下し、赤血球・白血球・血小板が減少する病気です。

国の指定難病の一つでもあります。

私は、そのまま長期の入院生活に入ることになりました。

私は鍼灸師です。

東洋医学を学び、長く臨床を続けてきました。

しかし、このとき自分を支えてくれたのは、阪大病院で受けた検査、診断、輸血、薬物療法をはじめとする現代医療でした。

これは、自分自身が患者として経験した事実です。

東洋医学を大切にすることと、必要な現代医療を受けることは、私の中では対立していません。

少なくとも、自分の再生不良性貧血について、

「鍼灸だけで何とかしよう」

と考えたことはありませんでした。

※再生不良性貧血に関する一般的な医学情報は、難病情報センター「再生不良性貧血(指定難病60)」をご参照ください。

緊急入院して、すべての患者さんに電話をしました

入院が決まった直後、私は治療院に来てくださっていた患者さん一人ひとりに電話をしました。

突然、治療を続けられなくなったことを伝えるためです。

昨日まで普通に治療していた。

それなのに、今日はもうできない。

予定していた次回の治療もできません。

電話口で、

「戻ってきてくださいね」
「先生がいないと困ります」

という言葉をいただきました。

本当にありがたい言葉でした。

同時に、自分が患者さんの治療に関わっていることの重さを、それまでとは違う形で感じました。

昨日まで診ていた患者さんを、今日はもう診られない。

「また次回」が、突然なくなることがある。

一期一会という言葉は、以前から知っていました。

しかし、自分自身が突然治療院からいなくなったことで、その意味を初めて現実のものとして受け取ったのだと思います。

自分がいなくなる可能性があるからこそ、その日にできることには後悔を残さない。

これは、今の私の臨床に強く残っています。

「次がある」とは限らない

私は病気になる以前から、

「今日はこれくらいでいいか」

という気持ちで治療をしていたわけではありません。

目の前の患者さんに必要なことをする。

その基本は、病気の前も後も変わっていません。

変わったのは、一回の治療に対する重みです。

今日診られる身体は、今日きちんと診る。

今日できることは、今日する。

そして、その日の施術を、自分の判断だけで終わらせない。

そのときできるベストを尽くす。

私にとっての一期一会は、今ではそういう意味を持っています。

長期の入院で、「分からない側」になりました

長期の入院は、私にとって初めての経験でした。

病院で働く方にとって、入院は日常です。

一日の流れや、何をするときに誰へ声をかければよいのかなど、そこにはある種の「入院の作法」があります。

しかし、私にはそれが分かりませんでした。

もちろん、尋ねれば教えてくれます。

優しく答えてくださる看護師さんもいました。

それでも、そこで初めて気づいたことがあります。

知らない人は、何を聞けばいいのかさえ分からないことがある。

「分からないことがあれば質問してください」

と言われても、自分が何を知らないのか分からなければ、質問そのものが出てきません。

治療する側にいたときの私は、この感覚を十分には分かっていなかったのだと思います。

数値は良くなっているのに、体調は良くない

入院中、もう一つ強く残った経験があります。

治療が進むにつれて、血液検査の数値が少しずつ良くなっていく時期がありました。

医学的には、とても大切な変化です。

私自身も、検査結果が良くなることを望んでいました。

ところが、

数値は良くなっているのに、自分では体調が良くなったと感じられない。

そんなことがありました。

数字の上では改善している。

しかし、自分自身はまだしんどい。

この二つは、必ずしも同じようには動きませんでした。

だからといって、検査値に意味がないわけではありません。

再生不良性貧血では、血液検査は病状を判断するために非常に重要です。

そのことを身をもって経験したからこそ、同時に、

客観的に良くなっていることと、患者本人が「良くなった」と感じることは、同じではないことがある。

ということも実感しました。

この経験は、その後の私の治療に強く残っています。

病気になると、身体だけではなく日常まで止まる

病気になるということは、病気そのものだけの問題ではありませんでした。

入院すれば仕事ができません。

私は一人で治療院をしていますから、自分が入院すれば治療院も止まります。

一方で、生活上の用事まで止まってくれるわけではありません。

確定申告。

免許証の更新。

それまで、

「時期が来たらすればいい」

と思っていたことが、突然できなくなりました。

病気になると、身体だけではなく、その人の仕事や生活、予定まで一緒に影響を受ける。

患者さんにとって治療に通うということも、治療だけで完結しているわけではありません。

仕事や家庭、それぞれの生活があります。

通院には時間も費用も必要になります。

自分自身が患者になったことで、そうした「治療の外側にあるもの」も、以前より強く意識するようになりました。

そして、

できることを、できるときにする。

という言葉の重みも、入院前とはまったく違うものになりました。

治療者だけが「良くなった」と決めない

入院中、

「数値は良くなっている。でも、自分の体調はまだ良くない」

という経験をしたことで、以前にも増して大切にするようになったことがあります。

それは、

治療後の変化を、患者さん自身にもきちんと確認してもらうことです。

鍼灸師には鍼灸師の見方があります。

脈を診る。

腹部を診る。

動きを診る。

身体に触れ、治療前後の変化を確認する。

それらは当然、大切です。

しかし施術者側から見て変化しているからといって、

「良くなりました」

と一方的に決めてよいとは思いません。

最後には、

「今、どうですか」

と患者さん自身にも確認してもらいます。

患者さん自身の実感と、表情や動き、こちらから見た身体の変化を重ねて確認する。

患者さん自身の実感や、こちらから見た変化がまだ十分でなければ、もう一度身体を診ます。

そして必要であれば、必要な分だけ手を加えます。

一回の施術で何もかも解決できる、という意味ではありません。

変化の出方も、人によって違います。

それでも、

その日の治療を、治療者側だけの「できた」で終わらせない。

これは、自分が患者になった経験を経て、以前より強く意識するようになったことです。

「質問してください」だけでは足りないと思うようになりました

入院中に感じた、

「何を聞けばいいのか分からない」

という経験は、治療院での患者さんへの接し方にも残っています。

施術者にとって当たり前のことでも、初めて来られる方には当たり前ではありません。

だから今は、最初に、

「分からないことがあれば、いつでも質問してください」

とお伝えしています。

そして治療中や治療後にも、

「何か他に聞いておきたいことはありませんか?」

と、こちらから尋ねるようになりました。

質問が出てくるのを待つだけではなく、質問できる余地をこちらからつくる。

自分が「分からない側」に立った経験から、大切にするようになったことの一つです。

病気を経験して、治未病を以前とは違う重さで考えるようになりました

病気になる前の私は、自分の身体について、

「悪くなったら治療する」

という付き合い方になっていました。

自分自身が病気になったことで、そのことを改めて考えるようになりました。

東洋医学には「治未病」という考えがあります。

一般には「病気になる前に予防すること」と説明されることの多い言葉です。

もちろん、すでに病気になった人を治療することも大切です。

私自身、病気になり、実際に治療していただきました。

そのうえで今、治未病について大切だと感じているのは、

自分の身体から届く小さな変化を感じ取れることです。

少し違う。

今日はこうだ。

昨日とは違う。

そうした変化を、ただ排除すべき不調として見るのではなく、身体から届いた情報として受け取る。

健康とは、まったく揺らがないことではないと思います。

身体は常に変化しています。

大切なのは、一度も崩れないことではなく、

揺らいだときに、また自分の中心へ戻ってこられること。

病気を経験してから、私は治未病という言葉を以前よりそのように考えるようになりました。

退院後、自分自身の身体にも鍼を続けています

長期の入院を経て退院した後も、医療機関で必要な治療と経過観察を続けています。

そのうえで、鍼灸師である私は、自分自身の身体にも改めて向き合うようになりました。

自分の身体を診て、必要だと思うときには鍼をします。

私自身の実感として、体調や身体感覚を整えるうえで、私にとって鍼灸は今も大切な支えになっています。

東洋医学を学び、長く臨床を続けてきた私にとって、自分が患者になった経験は、東洋医学への信頼を失わせるものではありませんでした。

現在も、東洋医学は自分の身体を診るうえで大切なよりどころの一つです。

ただし、ここは誤解のないように明確にしておきます。

私は「鍼灸で再生不良性貧血を治した」と言っているのではありません。

病院で受けた再生不良性貧血の治療と、自分自身が感じている鍼灸による身体の変化は、分けて考えています。

これは、一人の鍼灸師であり、一人の患者でもある私自身の経験です。

それを、他の患者さんにも同じように当てはめるつもりはありません。

現在は、必要な治療と経過観察を続けながら、治療院で患者さんの施術を行える状態まで回復しています。

受け取ったものを、自分のところで止めない

病気を経験したことで、自分の生命にも時間にも限りがあることを、以前より現実のこととして感じるようになりました。

いつまで今と同じように治療院に立てるのか。

それは分かりません。

だからこそ、改めて強く思うようになったことがあります。

自分がこれまで受け取ってきたものを、自分のところで止めない。

私は、多くの先生方から治療を学んできました。

古典から学んだものがあります。

患者さんの身体から教えてもらったことがあります。

長く臨床を続ける中で、自分なりに気づいたこともあります。

それらを、自分だけが持ったまま終わらせたくありません。

今、目の前にいる患者さんへの施術として返す。

治療技術として次の世代へ伝える。

臨床で気づいたことを言葉として残す。

私が受け取ってきたバトンを、次へ渡していく。

病気を経験したことで、そのことを以前より強く考えるようになりました。

それでも、「患者さんの気持ちが分かる」とは思っていません

自分自身が患者になったことで、患者側から初めて見えたものは確かにありました。

しかし、それでも私は、

「患者さんの気持ちが分かります」

とは言えません。

同じ病気であっても、その人が感じることは違います。

仕事も、家族も、生活も、価値観も違います。

私が経験した不安を、目の前の患者さんも同じように感じているとは限りません。

むしろ自分自身が患者になったことで、

人の気持ちを、簡単に分かったことにしてはいけない。

と以前より思うようになりました。

だから聞きます。

今、何に困っているのか。

治療を受けてどう感じたのか。

何か分からないことは残っていないか。

そして、患者さん自身が感じている変化を確認します。

自分の経験を患者さんに当てはめるのではなく、その人自身を見るために。

それが、私が患者になった経験から持ち帰ったものの一つです。

今できることを、今する

再生不良性貧血になったことを、私は「良かった」とは思っていません。

病気にならずに済むのであれば、その方がよかったと思います。

一方で、実際に起きた経験を、なかったことにもできません。

ならば、そこから見えるようになったものを、今の臨床に返していきたいと思っています。

次があることを当たり前にしない。

目の前の一回を大切にする。

できることを、できるときにする。

自分がこれまで受け取ってきた治療や知恵を、自分のところで止めない。

今の患者さんへ。
次の世代へ。

自分にできる形で、バトンを渡していきたいと思っています。


現在、患者さんとどのような考えで治療を進めているのかについては、
「治療方針」のページで詳しくご案内しています。

また、実際にどのように身体を診て鍼灸を行っているのかについては、
「当院の鍼灸」をご覧ください。

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