鍼灸師になった理由

私が最初から鍼灸師を目指していたわけではありません。

鍼灸の道へ進むことになった最初のきっかけは、娘の病気でした。

ただ、
「娘が病気になったから鍼灸師になった」
というほど、単純な一本道でもありません。

ここでは、現在の私へつながる、その原点について書いてみたいと思います。

「ほかに、できることはないのか」

娘は幼い頃、もやもや病を発症しました。

脳への血流が不足しやすくなる病気で、発症時には右半身に麻痺が残りました。

その後、脳への血流を補うために、何度か開頭手術を受けました。

まだ小さかった娘にとって、一回一回の手術も大きな負担だったと思います。

複数回の手術を経て、病気の進行そのものは落ち着きました。

ただ、発症時に残った麻痺までなくなったわけではありませんでした。

当時、医師からは、
「病気の進行は抑えられたが、これ以上、西洋医学的な治療でよくしていくことは難しい」
という趣旨の説明を受けたと記憶しています。

正確にどのような言葉だったのかまでは、もう覚えていません。

今振り返れば、すでに残ってしまった麻痺に対して、できることには限界があります。

しかし、当時の私は、そう簡単には考えられませんでした。

当時受けていた医療で、これ以上できることがないのであれば、

ほかに何か方法はないのだろうか。

そう考えて、さまざまな治療を探し始めました。

最初から、鍼灸師になりたかったわけではありません

ちょうどその頃、大学時代の先輩と会う機会がありました。

その方も、ご家族の病気をきっかけに、さまざまな方法を探しておられました。

その先輩から紹介していただいたのが、一つの気功の治療院でした。

実際に行ってみると、その先生の考え方や治療のあり方が、当時の私の感性に非常によく合いました。

当時の私は、気功や瞑想、いわゆるスピリチュアルと呼ばれる分野にも強い関心を持っていました。

その先生の考え方は、当時の私が価値を感じていたものと重なるところが多くありました。

おすすめの本を教えていただいたり、気功や瞑想について教えていただいたりするうちに、

「自分も、この先生のようになりたい」

と思うようになりました。

そこで、先生に尋ねました。

「先生のようになるには、どうすればいいですか」

すると先生は、ご自身も鍼灸師の資格を持ち、そこから学びを始めたので、
「まずは鍼灸の専門学校へ行って、資格を取るのがいい」
と勧めてくださいました。

そこで初めて、

自分が鍼灸師になる

という選択肢が、具体的なものになりました。

私の場合、
「鍼灸という治療法に感動して、鍼灸師を目指した」
という始まりではありません。

娘のために何かできる方法を探し、その途中で出会った先生のようになりたいと思った。

そして、その入口として示されたのが鍼灸でした。

順調だった仕事を離れ、鍼灸の道へ

もともと私は、小学生の頃から学校の先生になりたいと思っていました。

そのため、大学では教員免許も取得しています。

ところが大学時代、サークルの先輩から紹介されたことをきっかけに、テニスインストラクターの仕事を始めました。

人に何かを教え、その人ができなかったことをできるようになる手助けをする。

その仕事に、私は大きなやりがいを感じました。

アルバイトコーチからそのまま就職し、一人のコーチからチーフコーチへ。

小さなテニス教室の運営を任され、その後は大きなテニススクールのヘッドコーチを経て、最後には約1000人規模のテニスクラブの支配人を務めるまでになっていました。

仕事がうまくいかなくなったから、別の道を探したわけではありません。

むしろ、その時点では順調だったと思います。

そんな中で、気功の先生から鍼灸学校を勧められました。

確か学校のことを聞いたのが11月頃で、試験まではそれほど時間がありませんでした。

ほとんど受験の準備をする間もないような状況でした。

当時の私は、シンクロニシティ、いわゆる「意味のある偶然の一致」を大切にしていました。

そこで、

「ほとんど準備もしていないこの状況で合格するのであれば、
それも一つの意味のある偶然なのかもしれない」

と考えました。

受験し、合格しました。

その合格を一つの区切りとして、それまでの仕事を辞め、鍼灸師への道へ進むことを決めました。

学校に入ってから、もう一度「何を学ぶのか」を探した

鍼灸学校に入学したとき、私の中には大きな期待がありました。

ここへ来れば、気功の先生が行っていたようなことを学ぶことができる。

そして、自分自身が技術を身につければ、娘に対してもっと何かできるようになるのではないか。

当時は、そう考えていました。

ところが、実際に学校へ入ってみると、想像していたものとはかなり違いました。

鍼灸師は国家資格です。

当然ながら、学校では国家試験に必要な知識を学びます。

解剖学、生理学をはじめ、西洋医学的な基礎知識も大きな割合を占めていました。

もちろん、それらは鍼灸師として必要な学問です。

ただ、当時の私は、

「これだけでは、自分が求めているものには届かない」

と感じていました。

何より、私が知りたかったのは、

娘に対して、自分に何ができるのか。

ということでした。

では、どうすればいいのか。

そこから私は、学校で教わることとは別に、自分で東洋医学を学べる場所を探すようになりました。

一年生の頃は、さまざまな勉強会を探し、実際に参加しました。

できるだけ早く技術を身につけたい。

その気持ちは、とても強かったと思います。

「分からない」師匠についていこうと思った

そうして学ぶ場所を探す中で、学校の経絡経穴の先生から紹介していただいたのが、学校のクラブ活動である古典研究会でした。

そこで講師をされていたのが、後に私が師事することになる先生です。

初めてその先生の話を聞いたとき、正直なところ、

ほとんど何を言っているのか分かりませんでした。

それまでにも、いくつかの勉強会に参加していました。

私は全く違う仕事から鍼灸の世界へ入ってきた人間です。

それでも、ほかの勉強会では、

「なんとなく分かる」

と思えるところがありました。

ところが、その先生の話だけは分からない。

それが、かえって強く引っかかりました。

「これほど自分に分からないのであれば、ここには自分の知らない何かがあるのではないか」

そう思いました。

いくつかの勉強会を見たうえで、夏頃には、

「この先生のところで学びたい」

と考えるようになりました。

お願いして勉強会へ参加させていただき、その後は先生の臨床も見学させていただくようになりました。

一年生の後半頃から、週に一回、臨床の現場へ入らせていただきました。

当時、私は昼間は仕事をし、夜に鍼灸学校へ通っていました。

二年生の途中からはその仕事も辞め、家族の助けも借りながら、先生のもとでの修行に、より多くの時間を使うようになりました。

それでも当時の私は、

少しでも早く治療できるようになりたい

という思いを優先しました。

娘を治したい、から、治療者として人の役に立ちたい、へ

鍼灸学校に入った当初、一番大きな目的は娘でした。

自分が技術を身につけて、娘をよくしたい。

その思いが何より強かったと思います。

しかし、師匠の臨床を何度も見せていただくうちに、少しずつ自分の中に別の思いが生まれてきました。

目の前の患者さんを診て、考え、治療し、その身体が変化していく。

その現場を繰り返し見るうちに、

自分も治療者として、多くの患者さんの役に立てるようになりたい。

そう思う気持ちが、どんどん強くなっていきました。

師匠は、鍼灸という仕事に人生をかけるほど、強い覚悟を持った人でした。

当時の私は、その姿勢や考え方に大きな影響を受けました。

今の私が、師匠の考え方をすべてそのまま受け継いでいるわけではありません。

臨床を続ける中で、変わった考えもたくさんあります。

それでも、私が鍼灸師として何を大切にするのか、その土台の多くを師匠から学んだことは間違いありません。

治したいと思って始め、治せないものがあることを知った

鍼灸師になった後、娘にも実際に鍼の施術をしました。

現在、娘の体調そのものは落ち着いています。

しかし、発症時に残った麻痺がなくなったわけではありません。

私はもともと、

「自分が治療できるようになれば、娘をもっとよくできるのではないか」

という思いから、この世界へ入りました。

けれど、実際に治療者になってみると、

自分にも治せないものがある。

その現実を知ることになりました。

治療には、できることがあります。

同時に、できないこともあります。

今の私は、その両方を知ったうえで治療をしています。

最初からそう考えていたわけではありません。

むしろ最初は、

「治したい」

という思いの方が、ずっと強かったと思います。

その後、多くの患者さんを診る中でも、自分の力が足りず、思うような結果を出せなかったことがありました。

そうした経験を重ねる中で、

できないことを認めることと、できないままでよいと考えることは違う

と思うようになりました。

できないことに出会ったとき、何ができるかを考える

治療費をいただく以上、できる限り治療の結果につなげたい。

これは、開業した頃から変わらず持っている思いです。

しかし、現実には、自分に足りないものが見つかることがあります。

そのたびに、

今の自分に何ができるのか。

そして、

これから、できるようになるために何を学ぶ必要があるのか。

を考えてきました。

できないことが分かったからこそ、新しく学んだことがあります。

足りないと感じたからこそ、身につけようとしてきたことがあります。

もちろん、学び始めたからといって、すぐにできるようになるわけではありません。

それでも、その時点でできることを考えながら、少しずつできることを増やしていく。

振り返ると、それがこれまでの私の在り方だったように思います。

娘を治したいという思いから始まった私の鍼灸は、その後の臨床の中で何度も形を変えてきました。

当時と現在では、治療についての考え方も大きく変わっています。

それでも、

できないことに出会ったときに、「では、今できることは何か」と考えること。

そして、

できないことをできないままにせず、自分自身が学び続けること。

そこは、今も変わっていません。

ここに書いたのは、その現在へ至るまでの、私の原点です。

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茨木ばんば鍼灸治療院

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